MarCalmaのtoccoです。
自分もっとがんばらなきゃ、と思う人へ。
自分自身へのスパルタ教育がデフォルトになってませんか?
過去の私は、なんだかんだと自分に渇を入れ、とにかく自分に厳しくしてました。
どうせ私はできないからもっとがんばらなきゃ、とか。
どうしてこんなこともできないんだ…しっかりしろ、自分!とか。
例えば、新しい環境に適応しようとするとき。
自分のもともとの形は、星形☆だとする。
でも、四角□の環境でうまくやっていくためには自分も四角□にきっちり入らないといけないぞ、と、その四角□の枠の中に自分を押し込む。星形☆と四角□は、同じ形には決してなれないのに。
もちろん、それも自分を順応・変化させるための経験とも言える。
ただ、度を超えると、自分の個性を自分で否定することにつながる。
息を止めてその四角□に無理やり入っていたら、案の定、苦しくなった。
ある日、(そんなことまでして、自分は満足?楽しい?)と聞かれた気がした。
もちろん、答えはNO。
星形☆でも丸○でも△でも、それ自体みんなとても美しい形。
なのに、自分のもともとの形を自分で認めてなくて、自分をゆがめて、自分と全く違う何かになろうとすることは、せっかくの自分の形をないがしろにしてる。
自分の周りから、自分を否定されたり、自分を軽んじられたり、厳しくされると、誰でも悲しいし悔しい。けれど、それを一番近い自分自身が自分に毎日やっていたら…。
自分の一番近くにいる自分自身は、ほんとはどんな時も自分の一番の味方でいる存在。自分を思う存分愛してあげられるのは、自分自身。
だから、自分自身もそんな過酷な自分いじめをほんとはしたくない。
思い切って、自分へのスパルタ教育を手放してみた。
ぎゅっと握りこぶしを作ってた自分の両手をふんわり開いたら、手のひらに軽い空気が触れた。
長い間忘れていた、やわらかい感覚。